昭和54年4月2日 朝の御理解 テープ№54-
末永静行
御神訓一、
「家柄一筋を改むるより互いに人情柄を改めよ」
特に結婚と言うようなことには家柄、または一筋と言う事を申します、家柄、ようは格が違う、家柄が違う、そこで、例えば相思相愛と言うようなカップルがでけても親が反対をするといったような難儀な問題になってくるわけです。
信心を段々頂いておりますと人情柄が段々変わってくる、その人情柄が変わってくる事によってまた家柄も段々、言うならば、私共が信心を進めて神格が頂けれるように家の格と言うものやはり向上してくると思うんです。
昨日、日向教会の滝口先生からお手紙を頂いた。手紙の中にまあ大変有り難い事が書いてある、申してここなんか書いておる、まあ、そのところだけを読ませて頂きますと一同壮健にて、深く感謝いたしておりますか、また、疎遠になっていた人たちが続々とお引き寄せを頂き、先日よりは天理教の養成所を卒業なさった方が日向教会の前を二、三度往来する内に参拝する気になったとお参りされるようになられました。
続々と信者がでけていっておると言う事が素晴らしいじゃないですかね、今まで、もうそれこそまかん事で泣くような教会であった、合楽を知られて、合楽に御神縁を頂いて、合楽にまっておると言う事が分かって、近所の教会の先生方にも合楽と言うところはこう言う教会で大変御比礼を頂いておるからいっぺんあっちの先生の話を聞いてくれと言うて教師誡の時に合楽の話をテープで聴いてもらわれた、そしたら賛成する人もあるけれども、多くは反発をされて、そして、合楽にあんたが参るごたるならもう村八分にすると言うて、それでもやはり信心が頂きたいと言うので村八分を覚悟で合楽に参ってこられるようになったら、もう本当に親教会からまでも見放されるといったような状態になられた、ね、けれども、まだそれから日ならずして、言うならば、信者が続々と増えておると言うような、ね、昔信心しておった信者も帰ってきておると言うような御比礼が輝いてくる、もうこちらの先生のご信心はご夫婦で二人でくノ一修行に徹する事です、くノ一修行と言うのは、くノ一、言うならまあ修行の第一と、何を修行すると言うても、ね、どんな修行をすると言うても、ね、自分の心を、それこそ、くノ一じゃないですけれども、変幻自在、自分の心を有り難いほうへ有り難いほうへとどんな場合であっても有り難くならせて頂くと言う、そこにどう言う問題であってもそれをくノ一修行で受け抜いていこうと夫婦の先生方が腹を決められて此の方、まだ、そうですご縁を頂かれて一年とちょっとじゃないでしょうか、ね。
結局徹しなければいけない、もう、いうならば、かいわいの教会とは全然関わり合いがなくなって、人情柄を段々高められておいでおられたら、ね、いうなら人情が神情に変わっていった、神情柄が変わってきた、本当に天地との交流、天地との御交際ができられるようになってきた、私はこの辺が素晴らしいと思うんです、ね。人情、人間心で行き届いた教会もご信者もありますけれども、人情では人情柄だけ、ね、信心はどこまでも私共の心が神情に変わっていかなければならん、そして、神情柄がです、天地との交流、天地の親神様のつながりが頂けれるようなおかげ。
そこで様々な信心もたくさんございます、宗教もいろいろありますけれども、ね、天地との交流、しかもそれが、あの、正確なまともな交流、ね、手だけつないどる、、足妥だけつないどると言うだけじゃない、もう、それこそ、ね、しんれい肉と申します、共に、言うならば、合体できる、天地と、いわば、私共のすべてが合流できると言う合楽の信心、いわゆる、金光教の信心といいたいけれども、これは金光教の信心の中の合楽の信心はもうそこだけに修行の焦点がおいてある、言うならば、もう天地日月の心になる事と言う事なのです、他の修行はもう全廃、表行、家業、表行全廃して家業、心行一本と言うような生き方に段々ならせて頂いておる。
だから、私は今日は家柄一筋と言うを人情柄と言うそれを私共が人情柄から神情柄に変わって、天地との、言うならば、ね、いうならば、同格でお付き合いが出来るような一つおかげを頂きたいと思うですね。
教祖の神様は、この頃は、ね、天に親類が出来たと仰っとる、ね、もう、言うならば、天地との交流、だから降り照りの事までお知らせを頂いてもったいないといっておられます。ね。
今朝方からお夢を頂いたんですけど、大きな、もう、大変な大きなお住まいのかってのほうから私が入ってまいりましたが、そこの大きな広円の所に久富先生が丁度椛目時代に秋永先生が私と久富先生と、その、久保山先生に三段、なんか反物をお供えしてね、今でもまだ、その紺の濃い紺のね、夏の麻の奉仕義をお供えされたことがある、あの、いわば、夏の、いわゆる、麻の着物、それに薄いトの羽織を来て、あの、私がカってのほうから入ってまいりました、そこんところ広い廊下の所に手をついてから、もうそれこそ、なんともいえん悲しいような嬉しいような表情で、はぁーこちらへ参りましても御用が出来ると言うて感涙にみせんでおられるところを頂いたんです。
はらぁ、こちらへきてもちいうとどういう事と目が覚めてね、あの、ははぁー久富先生が亡くなられた、そして、私もいっとると言う事は私もなら亡くなってあちらの世界に行っておる、そして、私がいつかなければならない、言うなら、合楽の世界とでも申しましょうか、しかも勝手のほうから入ったと言う事は、いわゆる、そこはままになるばですから、あちらでも段々おかげを頂いてままになり、しかも、私よりも先に先生が行っておられたから、その、まっとったわけでもないけれども御用が出来る事は嬉しいけれども、親先生がこちらへ見えたと言う事は悲しいでも、と言うなんともその表情の悲しいやら嬉しいやらという表情で私を迎えられるところを頂いたんです。
それで目が覚めて、ははぁーこれは私もいよいよ近づいてきたんじゃろうか、そう言いや今日の、昨日は月次祭にあわせて勧学祭、それにマルショウの大海、引き続いて私の誕生日パーティーがあのように盛大にございましたが、あのパーティーの中でも、その、一番はじめに仕舞いがございましたでしょうか、ね、しかもそれが羽衣でした、これは衝天すると言うことですもんね、姉妹と言う事はしにまい、いつかあの三橋先生が小さい人形をもって、木彫りのね、あの、それを持ってきた時にしまいと頂いたんです、それから一年後に亡くなりましたわけれですけれどもね、そして、私昨日、終わってから部屋に下がらせて頂きましたら、竹内先生達夫妻がまた挨拶に見えてから、これは備前のあちらへ川本が親戚がありますから、丁度、頼んどりましたらこれを間に合うように送ってきたからと言うてその箱を開かせて頂いたら、それはもうなんといえん備前焼の仕舞いの人形でした、始めも最後も仕舞いで終わった、そう言いや二番目にはほんに、小唄の士農工商でしたでしょうが、これは思うて見たら、いよいよ近づいて気よる感じがするんですよね、それから、あの、また神様にお礼を申しさせていただいとりましたら、楽と言う字をね、白と書いて糸編を両方に書いて下に木を書いて楽と言う字になるでしょう、その下の木をただプラスだけを、たすと言う字を頂いたんです、どう言う事になりますか、白を書いて両方に糸偏を書いて、白と言う事は、ね、まぁ、何にもないと言う事でしょうけれども、言うなら、我情もなからなければ我欲もない、しかも糸偏と言う事は天地の繋がり、例えば私の我情我欲のない信心が天地と交流するほどしの素晴らしいことに段々なってきて、もうそれこそ、もったいないような、私ぐらいな者の誕生をみんながあのようにして祝福してくださると言うようなおかげを頂いたと言う事は白に糸偏にそれをプラスしたところ、まだこれは本当の楽と言う事ではない、もう一つ、点をここへ打って初めて楽である、はぁーこの点点を打つまではまだ大丈夫じゃろうかと、言うふうな事を思ったんです。ね。
私、昨日、夕食の時に、まあ本当に昨日のパーティー時の皆さんがいろんな演芸を、出し物が、昨日は、昨日の場合は皆、その、なんと言うんでしょうかね、そつがなかったと言うか、みんな、もうそれこそ素人離れしたような芸を見せて頂きました。もうとりわけ、私はここの修行生がときわずのつり女を出しました、おそらく私は、まあ、にわかふうのものだと思うておった、ところがどうして、ほんなもんでした。それで、私は昨日のその、昨日の、それに出演した人達ばっかりを部屋に呼んでね、それこそ、芸談を聞いたわけです、苦心談を、一ヶ月間みっちり稽古をしたそうです、私はもう全然知らなかった、しかもあんなに大きいものになると思わなかったけれども、衣装なんかはNHKの衣装部からただで貸してくれたとこう言う、それに、伊藤さんが衣装屋さんですから、を提供される、それから、井手さんが着付けのほうを持たれた、もう小道具から衣装、それから、大名が着ておったあの着物の長袴なんかはこの女の修行性が縫うたんだそうです、後ろのあの松羽目のバックは佐田先生が一晩で書き上げたと言う事です、書き上げたと言うよりも作ったわけですねあんなに、本当に見事なバックが出来てました。ね、それでいて私はもう本当にもう、まあ、拍手喝采、皆さんが致しましたがです、第一、成り物に自分の所作がぴちっと合う、合ったのに驚きましたです、これはね、もう本当に出来る人が指導したなあと私は思ったんです、ね、とにかく、あの大名のセリフのさわやかさ、太郎風邪の、言うならば、軽快な三枚目ぶり、まるっきりあの女形なんかは玉三郎のごたったばいち言うて、いうたこつでした(笑い)、ね、でそれ見ずの一月間のその一生懸命のビデオをね、ビデオを見てから誰も、だから銘々に監督しあったわけです、ね、それで、あの、もうとにかく、もう二十日目、もう段々それが身についてくるごつなったらですね、もう人と話すでもなんかセリフ言ってるような感じだと、もうとりわけ、もう女形を先生なんかも体のこなし方から歩き方から変わったんです、(笑い)、そして、昨日、あーして完全な衣装をつけてやったらもう楽しゅうして、楽しゅうして、と言うのが四人の役者さん達の芸談でした、ね。
はぁーしかもほんのずうずう素人で、しかもそれをテレビを見ながら、見てから稽古をしたとこう言う、ね、私は、だから、最後に申しましたことでしたけれども、なんなら、一つのことを熱中するとね、自分の所作やら、言うなら、その、話す、それもセリフ風になって、それから、体のこなしまで変わってくる、結局信心も同じばいち、例えば合楽理念、合楽理念と言うても、合楽理念を本当にマスターして、それを身をもってそれを行じ抜いてきた、自ずと今日御理解じゃないけれども、家柄一筋が変わってくるって、人情柄も変わってくるって、ね、と言う事を私は思わせて頂きました、ね。
私共が、まあ、これは遅かれ早かれ必ず、言うならば、お国替えのおかげを頂きます、ね、その、言うならば、私共の魂の世界、そして、ほんに、こんな事も頂いたんですお夢の中に、そのお夢を頂いてからまた次に頂いたお夢がですね、私が、只今、帰りましたと言うてその家に入ったんです、でそこがどうも魂の世界のようです、ははーやっぱりそうだったなあと言うふうに思ったんですけれども、言うならば、人間が土から入れて、土に帰ると言われる、だから、お国替えをする時には、もう、私共の魂の故郷へ帰るのです。
それには、私共がです、言うならば、本当に天地との交流が出来るような信心を頂くためにです、土より出でて土に帰るのですから、その道中とても土の心の信心です、それもくノ一修行に極まったと言うような修行を身につけさせていただいて、ね、魂の世界にいっても不自由のない、それこそ、私と久富先生の係わり合いじゃないですけれども、ね、こちらでもまた御用が出来ると、しかも感涙にみせんで、のと言うような要素をお夢に頂かせてもろうて、言うならば、昨日、始まりに仕舞いで始まって、仕舞いで終わると言う、姉妹の人形を頂いてから思わせて頂くことがです、これはいよいよ持ってしまい、いわゆる、仕えるまい、ね、本当の御用に、本当の取次者としての御用が出来れる、いわゆる、神様へ本当に喜んで頂く奉仕の出来れる、言うならば、教師にいよいよお取立てを頂かなければならない、それこそ、水も漏らさんような気持ちで、ね、私がここに精進させて頂いたならです、ね、神様がもうしばらくはお使いくださるだろうと思います。
けれども、その仕舞いが仕舞いにならないと本当のお終いになるかも分かりません。ね、本当に神様が喜んで下さる、御用に使うてくださると思うならばです、一年でも長う神様も私をお生かし下さらなければ、神様とても馬鹿らしい、
(途中切れ)
※もう一度、テープで確認する必要がある。桜井先生のテープは途中切れになっているが、実際の教会で保存されているテープも途中切れになっておるかどうかの確認がいる。